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吉田☆ド根性ノ助の肉体改造講座
第25回
力士は本当に弱くなったのか?
〜ケガをしない身体作り〜月刊大相撲2月号より


【けいこに耐えうる身体を作る】
 今回話を聞いたのは、プロトレーナー集団「ストロングス」の吉田輝幸氏。「ストロングス」は大リーグ投手の野茂英雄やマック鈴木のトレーニングを手がけており、吉田氏自身も格闘技団体「修斗」の人気格闘家佐藤ルミナ氏をはじめ多くのプロスポーツ選手のコーチ、さらに大相撲阿武松部屋では週1回の基礎トレーニングを行っている。
 近年相撲界においてもこうした近代的なトレーニング方法が注目を集めているが、従来型のけいことの兼ね合いもあり、その効果と必要性を疑問視する声もまだまだ多い。しかし、吉田氏が行っているのは、ケガをしないための基礎的な体力づくりのためのトレーニングである。
「最近の傾向として、競技力偏重のトレーニングが多いような気がしますが、私たちが行っているのは、こうした訓練とは全く異なる『スロートレーニング』というものです。米国のアメリカンフットボールリーグNFLではかなり多く取り入れられている方式です」
具体的には、トレーニングはウェイトトレーニングとバランストレーニングの二種類に分かれている。ウェイトトレはバーベルを上げる、よく見かけるスタイルの訓練だが、スロートレーニングの場合はゆっくりと上げ、ゆっくりと降ろす。身体に余分な負担をかけないようにするのが従来とは異なっている。
さらにバランストレーニングでは、不安定な板の上で立ち続けることで身体全体のバランスの悪さを矯正していく。リハビリ的な効果も大きいようだ。
「もう一つの特徴は、このトレーニングは非常に高密度であるという点です。全身を鍛えるのに30分程度で済んでしまう。阿武松部屋では、現在、場所のない時期に週1回の基礎トレーニングを行っています。昼寝から目覚めた午後4時ごろから約30分間をこの基礎トレーニングに充てています」
 では、トレーニングの効果はどうなのだろうか。
「はっきりとした統計をとっているわけではないのですが、突発的なケガは減り、腰痛もかなり軽減されていると思います。阿武松部屋でのトレーニングを始めて3年ほど経ちますが、今後はもっと良くなっていくのではないかと考えています」
吉田氏が所属するストロングスが提唱するこのスロートレーニングは、米国NFLではかなり浸透しているのだという。アメフトも相撲も人間の身体と身体が直接ぶつかりある「コンタクトスポーツ」だ。試合の最中には、どうしても限界を超えた負担がかかってしまう。その考え方の根幹には『勝てる身体よりもまずケガをしない身体』を作るという考え方があるのではないだろうか。しかし、その程度の軽い訓練では強くなりたい力士にとっては物足りないはないのだろうか。


 
【スロートレーニングに取り組む、阿武松部屋の力士】  

【基本はあくまでも「けいこ」】
 スロートレーニングは基礎訓練である。吉田氏もこう語る。
「このトレーニングはあくまでもベース(基礎)の筋力を鍛えるものであり、急激にパフォーマンスが向上するわけではありません」
 では、プロとしての『強い身体』を手に入れるにはどうしたら良いのか。
「相撲に必要な技術や筋肉は、やはりシコやテッポウ、そして土俵上での実践的な『けいこ』を繰り返すことで身につくのだと考えています。私たちのトレーニングは、そうしたけいこを思う存分できるだけの身体を作るためにあるのです」
 以前このレポートで報告したように、ケガが多発する原因の一つには『けいこ不足』『基礎体力不足』という背景がある。その解消には昔のように土俵際での引き回しなどの実践的な訓練をすることが欠かせない、というのは多くの関係者が指摘するところだ。しかし、実際はそうした激しいけいこに耐えられる力士が少なくなっている。スロートレーニングは、まさにその部分を補うために登場したのだと言えるだろう。
 こうして考えると、冒頭に挙げた吉田氏の言葉の意味も際立ってくる。競技力のみを追い求めるトレーニングや筋力アップだけを求めるウェイトトレーニングは、一見科学的で現代的であったとしても、相撲本来の技術や強さとは本来一致しない。スポーツ医学の専門家である斎藤明義医師もかつてこのレポートで「瞬発力のみを追求するトレーニングは身体のバランスを崩す恐れがある」と指摘した。東海学園大学相撲部の服部監督も「相撲力(すもうぢから)を身につけるのは、あくまでも土俵の上での鍛錬」と語っていたことを思い出す。
相撲力を身に付けるために必要な激しいけいこ。そのノウハウは既に相撲の長い歴史の中で積み重ねられてきている。その内容は時代が変わっても恐らく変わらない。しかし、若者の栄養状態が劇的に変化し、基礎体力が低下している今、そのけいこに耐えられない力士が増えてきている。そこを補うために、科学的なトレーニングが導入されてきているのだ。「パフォーマンス(実戦)よりも、まずベースの筋力」と語る吉田氏のやり方は、こうして見ると、今後もっと多くの相撲関係者の共感を得られるのではないだろうか。
「アメリカのNFLではシーズンの後半になってから筋力がアップする選手が多い。疲労がたまるはずの時期にも体力が維持できれば、自然に結果も出てくるでしょう。これは基礎トレーニングがしっかりしている成果です。相撲でも場所中のトレーニングが取り入れられていけば、同じような効果を得ることができるのではないかと考えています。現在でも決してけいこが軽いわけではないのです。しかし、もっと強くなるためにはさらに激しく辛いけいこをしなくてはいけない。そのための基礎体力づくりの重要性は今後さらに増していくと思います」


【スポーツマンとしてのプロ意識】
 相撲部屋のみならず、多くのプロスポーツ選手のトレーニングを手がける吉田氏は「プロ意識」という言葉をよく使う。
「米メジャーリーグで活躍する野茂さんはシーズンオフの10月には自主的にトレーニングを開始します。その姿を見ていて感じるのは強烈な『プロ意識』の強さ。サッカーW杯で活躍した戸田選手も『トレーニングはやった分だけ自分に返って来る』と熱心な訓練をする一人です。しかし残念ながら、力士からはまだそういった声はあまり聞かれない」
 世界に通用する一流選手に共通するこうしたプロ意識は、古い言葉で言えば「克己心」によく似ている。誰に言われるわけでもなく、自らの責任で自分の身体を管理する強さ。これこそが最も効果的なトレーニングを行うために欠かせない要素だ。
「彼らのプロ意識は、上を目指すという気持ちの強さから生まれているように思います。『強くなりたい』『上手くなりたい』という気持ちが根底にある」
 この意識は言葉で言って伝わるものではないだろう。番付上位の力士を見て、憧れ、そしてけいこで強くなる自分を実感しながら少しずつ培われていくものだ。そこまで到達して、初めて、けいこを効果的に行うための基礎トレーニングの重要性を痛感することになる。
「基礎トレーニングは一見『守り』の訓練に見えますが、実はケガを減らし、より激しいけいこが出来るという意味で『攻め』の考え方なのです。時間はかかるかもしれませんが、けいこ、基礎トレーニング、食事などを統一的に体系化することができれば、ケガ人も減り、全体的なレベルアップにつなげていくことができるのではないでしょうか」
『科学的トレーニング』を闇雲に批判したり、逆に礼賛しすぎたりするのはもはや意味がない。効果のあるものを見極め、積極的に取り入れる「目」を持つことが欠かせないのだ。変わるべきは変わり、残すべきは残す、この当たり前だが非常に難しい判断を現代の相撲界は突きつけられている。